じられたのだった。
 かれは、ふたたび作業がはじまるまで、とうとうその場の空気にとけこむことができず、まともに人の顔を見ることさえしなかった。それがいよいよかれを苦しめた。自分はもう、友愛塾の中の人間ではない。そんな気がしみじみとするのであった。
 予定の作業が全部おわったのは五時近いころだった。作業のあとは入浴の時間だった。浴室はかなり広かったので、一度に二十人ぐらいははいれた。朝倉先生も、次郎も、塾生たちと裸《はだか》の皮膚《ひふ》をふれあい、おたがいに背中を流しあうのだった。
 着物を着ている時の顔と、まる裸になった時の顔とは、まだ十分知りあわないうちは、とかく一致《いっち》しにくいものである。そのため、はじめのころは、湯ぶねにひたりながら、おたがいに名前をたしかめあうというようなこともよくあった。しかし、このごろでは、もうそんなことはほとんどなくなっている。それどころか、おたがいに渾名《あだな》を呼びあうことさえ、すでにはやりだしているのである。そして、その渾名の中には、入浴時のある発見や偶然《ぐうぜん》のできごとを機縁《きえん》にして命名《めいめい》されたものも少なくはなかっ
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