ます。」
 そんな言葉をきいた時には、次郎は自分の心に一つの革命が起こったかのようにさえ感じたのである。
 その後、かれが朝倉先生に紹介されて親しく接するようになった田沼先生は、ふかさの知れない愛と識見《しきけん》との持ち主であった。かれは、田沼先生のそばにすわっているだけで、自分の血がその愛によってあたためられ、自分の頭がその識見によって磨《みが》かれて行くような気がするのであった。
 朝倉先生の開塾式における言葉もまた、次郎にとって新しい感激《かんげき》の種だった。先生は、人間が本来もっている創造の欲望と調和の欲望とを塾生|相互《そうご》の間にまもり育てつつ、何の規則もなく、だれの命令もなしに、めいめいの内部からの力によって共同の組織を生み出し、生活の実体を築きあげて行きたい、といった意味のことを述べた。そうした共同生活の根本精神は、次郎がこれまで白鳥会においておぼろげながら理解していたことではあったが、まだはっきりした観念にはなっていなかったので、非常に新鮮《しんせん》なひびきをもってかれの耳をうつたのである。
 塾生活の運営は、しかし、実際にあたってみると、朝倉先生の理想どおり
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