に進展するものではなかった。次郎は、期間の半ばを過ぎるまで、先生の顔にも、しばしば苦悩《くのう》の色が浮かぶのを見てとって、自分も心を暗くすることがあった。しかし、期間の終りが近づくにしたがって、だれの顔にも次第に明るさが見えて来た。
「塾生の言動に、このごろ、やっとうらおもてがなくなって来たようだね。」
 先生が夫人に向かってそんなことをいったのは、期間もあと十日かそこいらになったころであった。それに対して夫人は答えた。
「ええ、そのせいか、このごろほんとうに心からの親《した》しみが感じられて来ましたわ。それに、塾生同士の話しあいで、いろんないい計画が生まれて来ますし、あたし、もう何にもお世話することありませんの。」
 期間の終わりに近く、全塾生は三|泊《ぱく》四日の旅行に出た。朝倉先生夫妻も、むろんいっしょだった。次郎も、それには学校を休んでもついて行きたかったのであるが、あいにく卒業試験の最中だったので、どうにもならなかった。かれはここに来てから、この時の留守居《るすい》ほど味気ない気がしたことはなかったのである。
 終了式《しゅうりょうしき》にもかれはつらなることができなかった
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