民謡《みんよう》や舞踊《ぶよう》を披露《ひろう》した。かれらは決して各府県青年の代表という資格で集まって来ていたわけではなかったが、たいていは、立ちあがるとすぐ、力《りき》みかえって「ぼくは○○県を代表して」などと、前口上《まえこうじょう》をのべるのであった。かれらを、日本の青年に通有な、そうした無意味な構え心から脱却《だっきゃく》させようとしても、それは、友愛塾の一週間ぐらいの共同生活では、どうにもならないことだったのである。
 注目されていた飯島は、徹頭徹尾《てっとうてつび》演説口調で、村を語り、郡を語り、県を語ったが、話の内容は、とかく政治勢力の問題にふれ、地についたところがほとんどなかった。田川は白鉢巻《しろはちまき》をして勇壮《ゆうそう》活発《かっぱつ》な剣舞《けんぶ》をやった。青山は民謡をうたったが、その声は美しくさびて、おちついていた。大河は、飯島とはちがった意味で、やはり注目されていた一人だったが、自分の順番が来ると、くそまじめな顔をして、のそのそと窓のほうに行き、そこの柱にしがみついた。そして、
「ぼくの村には、夏になると、こんな声を出して鳴く蝉《せみ》が、たくさんい
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