密《ちみつ》であるのにおどろいた。しかし、いっそうおどろいたのは、その緻密な論理の中から、間歇的《かんけつてき》に、気味わるいほどの激《はげ》しい情熱と強い意力とがほとばしり出ることだった。大河は、いつも半ば顔を伏《ふ》せ、眼をつぶるようにして、ぼそぼそと、落ち葉をふむ足音のような声で話すくせだったが、何か大事だと思う話の焦点《しょうてん》にふれだすと、その眼は、やにわにぎらぎらと光って相手をまともに見つめ、その厚い真赤な唇からは、青竹をわるような澄《す》んだ調子の高い声が、つづけざまに爆発《ばくはつ》するのだった。
 次郎が、その日|感銘《かんめい》をうけた大河の言葉は、一つや二つではなかったが、とりわけ心に深くしみたのは、つぎの言葉だった。
「先生は、さっき、ぼくを、孔子やソクラテス型の哲人だなんて持ち上げてくだすったんですが、ぼくは、実は、そんなふうに言われると、悲観するんです。悲観するというのは、そんな偉《えら》い人たちと、ぼくとの間に距離《きょり》がありすぎるからばかりではありません。そういう事とは別に、ぼくにはぼくの考えがあるからなんです。生意気なことを言うようですが、孔子
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