塾生たちのある者にとっては、朝倉先生のそうしたやり方が、非常に皮肉に感じられた。
「気がついているなら、すぐそう言ってくれたらよかりそうなものだ」と、そんな不平をもらすものもあった。また中には、「先生は要するに指導者でなくて批評家だ」などと、したり顔に言うものもあった。しかし日がたつにつれて、しだいにかれらの間に取りかわされ出したのは、「ひまなようで、いやに忙《いそが》しい」とか、「しまりがないようで、変にきびしい」とか、そういったちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]な気持ちをあらわす言葉だった。
かれらの大多数は、まだむろん、人間生活にとっての自由の価値や、そのきびしさについて、ほんとうに目を覚《さ》ましていたわけではなく、友愛塾というところは一風変わった指導をやるところだぐらいにしか考えていなかった。しかし、それにしても、そうした言葉が、しだいにかれらの間にとりかわされるようになったということは、たしかに一つの進歩であり、混乱と無秩序《むちつじょ》の中で、不十分ながらも、何か自主的創造的な活動が始まっている証拠《しょうこ》にはちがいなかったのである。
日曜日は、特別の計画がないか
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