考えてやってくれたまえ」とか、「みんなでよく相談してみるんだな」とかいったような返事をするだけだったので、とかくかれらはとまどいした。中には、それをいいことにして、ずるくかまえるものもないではなかった。その結果、むだ[#「むだ」に傍点]とへま[#「へま」に傍点]とがつぎつぎにおこり、かれらの共同生活のすがたは、見た眼《め》には決していいものではなかった。時には、不規律と怠慢《たいまん》だけが塾堂を支配しているのではないか、と疑われるような場面もあり、もし学ぶことよりも批評することにより多くの興味を覚えている参観者がたずねて来たとしたら、その人は、批評の材料をさがすのに、決して骨は折れなかったであろう。
 朝倉先生は、しかし、どんな悪い状態があらわれて来ても、すぐその場でそれを非難することがなかった。すべてをいちおう成り行きにまかせ、行くところまで行かせておいて、あとで、――たとえば食後の雑談や、夜の集まりなどの際に、――それを話題にして、みんなといっしょに、その原因結果をこまかに究明し、その究明をとおして、共同生活の基準になるような原則的なものを探求する、といったふうだったのである。

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