しは、それがいいと思いますの。それでこそ、そのときどきの気分が出るんですもの。板木だって、打ちかた次第《しだい》では芸術になりますわ。あたし、次郎さんの板木の音をきいていると、いつもそう思いますのよ。先生には叱《しか》られるかもしれないけれど、今朝の打ちかただって、頭かぶせにわるいとばかりいえないんじゃないかしら。」
 次郎は、それで安心する気にはむろんなれなかった。しかし、夫人がそんなことを言って自分をなぐさめるために、わざわざ自分の室にやって来たのだと思うと、何か心のあたたまる思いがした。そして、その日のかれの日記の中に、そのことが、今朝からのできごととともに、大事に書きこまれていたことは、いうまでもない。

   七 最初の日曜日

 最初の日曜が来た。開塾《かいじゅく》の日がちょうど月曜だったので、まる一週間になる。
 この一週間は、塾生たちにとっては、まったく奇妙《きみょう》な感じのする一週間だった。朝倉先生夫妻も、次郎も、生活の細部の運営については、自分たちのほうからは、何ひとつ指図《さしず》をせず、また、塾生たちから何かたずねられても、「ご随意《ずいい》に」とか、「適当に
前へ 次へ
全436ページ中196ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング