いられない。……くれぐれも言っておきたいのは、人間にとって良心の自由をまもるほどたいせつなことはない、ということだ。板木の音であれ、先生の言葉であれ、そのほか、そとから与《あた》えられたどんな刺激《しげき》であれ、それがきびしいから従う、甘《あま》いから軽んずるというのでなく、君ら自身の良心の自由な判断に訴《うった》え、従うべきものには進んで従い、従うべからざるものには断じて従わない、というようであってこそ、君らはほんとうの人間だといえるのだ。私は、愛情と忍耐心が足りないために、つい激しい言葉を使いすぎたが、それも、君らに、あくまでも良心的・自主的に行動してもらいたいと願っていたからのことだ。私は私として十分反省するが、どうか君らにも、私のその気持ちだけはくんでもらいたい。そして、その意味で、私の激しすぎた言葉をよいほうに生かしてもらいたいと思う。――最後に、私は君らとともに、永平寺の小僧さんが、礼拝《らいはい》しながら鐘をついたという、あの敬虔《けいけん》な態度の意味を、もう一度深く味わって、けさの私の話を終わることにしたい。」
みんなは、しずかに眼を見開いた。窓のすりガラスはもう
前へ
次へ
全436ページ中191ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング