んのしばらくで、すぐまた塾長室にもどり、椅子に腰《こし》をおろすと、そのまま何か深く考えこんでいた。
掃除がすっかりすみ、洗面その他を終わると、みんなは広間に集まって朝の行事をやることになったが、それまでには、起床からたっぷり四十分ぐらいはかかっていた。次郎が、これまで毎朝、空林庵の寝ざめに親しんで来た雀《すずめ》の第一声がきこえるのは、ほぼその時刻だったのである。
朝の行事は、まず室内体操にはじまった。それは友愛塾のために特に考案されたもので、その指導も指揮《しき》も次郎の役割だった。体操がすむと、朝倉先生の合い図で静坐《せいざ》に入った。これは就寝前の静坐にくらべると、いくぶんながかったが、それでも、せいぜい十四五分ぐらいだった。次郎は、今朝も足音をしのばせながら、塾生たちの姿勢を直してやった。
静坐のあとは遥拝《ようはい》だった。――これは皇大神宮《こうたいじんぐう》と皇居《こうきょ》に対する儀礼《ぎれい》で、その当時は、極左《きょくさ》分子や一部のキリスト教徒以外の全国民によって当然な国民儀礼と認められ、集団行事においてそれを欠くことは、国民常識に反するものとさえ考えられ
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