すことにするよ。」
 先生は、そう言って、次郎に目くばせした。次郎は待ちかまえていたように、自分のそばに置いていた紙袋《かみぶくろ》から、ガリ版の印刷物をとり出して、みんなに配布した。
 それには、組織や、講義科目や、諸行事の時間割など、必要な諸計画が一通りならべられていたが、そのどの部分を見ても常識からとびはなれたようなことは一つもなかった。塾堂と名のつくところでは、そのころほとんどつきもののようになっていた「みそぎ」とか、「沈黙《ちんもく》の労働」とか、およそそういった、いわゆる「鍛練《たんれん》」的な行事が全く見当たらないのは、むしろみんなには、ふしぎに思われたくらいであった。五時半起床というのが、二月の武蔵野《むさしの》では、ちょっとつらそうにも思えたが、それも青年たちにとっては、決しておどろくほどのことではなかった。むしろかれらをおどろかしたのは、生活にうるおいを与《あた》えるような行事が、かなりの程度に、織《お》りこまれていることであった。とにかく、見る人が見れば、日常生活を深め高める目的で、すべてが計画されているということが明らかであった。
 相談は安易《あんい》にすぎる
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