覚悟次第です。」
 田川は、追いつめられて、何もかも「覚悟」でかたづけたが、もうすっかりやけ気味らしかった。朝倉先生は、それ以上、深追《ふかお》いすることを思いとまって、しばらくじっと田川の顔を見つめていたが、
「君、片意地《かたいじ》になっては、いけないよ。それじゃあ、ちっとも君自身の心の鍛練にはならない。とかく世間では、意地をはって心にもないやせがまんをするのを、鍛練だと思いがちだが、それは鍛練の本筋《ほんすじ》ではない。鍛練の本筋は、すなおな気持ちになって、道理に従っていく努力を積むことなんだよ。君にはその大事な本筋が、まだわかっていないんじゃないかね。……いや、君だけじゃない。私の見るところでは、今の日本人の大多数に、それがわかっていないらしい。そのために、日本は今、国全体として変に力《りき》みかえり、意地をはって、非常な無理をやっている。国の内でも外でも、意地をはり、無理をやることが、日本の生きて行くただ一つの道ででもあるかのような考え方で、すべてのことが運ばれているんだ。だから、自然、君らも、鍛練といえば、すぐ、意地をはったり無理をやったりすることだ、というふうに考えたがる
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