かいき》な顔をあらわした。陸軍用の車からは、中佐《ちゅうさ》の肩章《けんしょう》をつけた、背の高い、やせ型の、青白い顔の将校が出て来たが、しばらく突っ立って、すこしそり身になりながら、玄関前の景色を一わたり見まわした。
その間に、鈴田が次郎に近づいて来て、
「田沼さんはもうお出でになっているだろうね。」
「はあ、見えています。」
「じゃあ、陸軍省から平木中佐がお見えになったと、通じてくれたまえ。荒田さんから今朝ほど電話でお知らせしてあるんだから、おわかりのはずだ。」
次郎は、横柄《おうへい》な口のきき方をする鈴田に対して、いつになく憤《いきどお》りを感じ、返事をしないまま塾長室に行った。
塾長室の戸をあけると、田召理事長が、すぐ自分から言った。
「陸軍省のかただろう。こちらにお通ししなさい。」
次郎は玄関にもどって来たが、やはりだまったままスリッパをそろえた。
「通じたかね。」
鈴田が次郎をにらみつけるようにして言った。
「ええ、通じました。塾長室におとおりください。」
次郎の返事もつっけんどんだった。
鈴田が荒田老の手をひいて先にあがった。平木中佐は靴《くつ》をぬぎかけていたが、鈴田に向って、
「今日の式には、勅語《ちょくご》の捧読《ほうどく》があるんじゃありませんか。」
「ええ、それはむろんありますとも。……」
「じゃあ、靴はぬぐわけにはいかないな。ほかの場合はとにかくとして、勅語捧読の場合に軍人が服装規程にそむくわけにはいかん。」
「そのままおあがりになったら、いかがです。かまうもんですか。」
「かまうも、かまわんも、それよりほかにしかたがない。」
平木中佐は、片足ぬいでいた長靴《ちょうか》を、もう一度はいた。
鈴田は、その時、じろりと次郎の顔を見たが、その眼はうす笑いしていた。
その間、荒田老は、黒眼鏡をかけた顔を奥《おく》のほうに向け、黙々《もくもく》として突っ立っていた。事務室にいた塾生たちは、入り口の近くに重なりあうようにして、その光景に眼を見はっていた。
やがて中佐は、荒田老と鈴田のあとについて、ふきあげた板張りの廊下《ろうか》に長靴の拍車《はくしゃ》の音をひびかせながら、塾長室のほうに歩きだした。
次郎は、ちょっとの間、唇をかんでそのうしろ姿を見おくっていたが、急にあわてたように、三人の横を走りぬけ、塾長室のドアをあけてやっ
前へ
次へ
全218ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング