は、先生の口癖だったが、次郎には、それがその時いかにも面白く響いた。で、つい笑顔になって先生の横顔を見上げた。先生の眼は、しかし、まっすぐに児童たちの方に注がれていた。
二人は、それからまたかなり永いあいだ口をきかなかった。
次郎は、児童たちのちゃんばらの真似から、ふと、大巻のお祖父さんに剣道を教わった事や、お芳を「母さん」と呼ぶようになったことなどを連想しながら、歩いていた。すると、先生は、ひょいと帽子の上から次郎の頭に手をあて、それをゆさぶるようにしながら、言った。
「本田はいろんな人に可愛がってもらって、仕合せだね。」
次郎は、これまで、自分で自分を仕合せな人間だと思ったことなど、一度だってなかった。また、周囲の人々にそんなふうに言われた覚えも、かつてないことだった。自分も周囲の人々も、自分を不幸な子供だときめてしまっているところに、自分のその日その日が成立ってでもいるかのような気持で、あらゆる場合をきりぬけて来たのが、彼の物ごころづいてからの生活だったのである。だから、彼は、権田原先生にそう言われても、変にそぐわない気がするだけだった。
「どうだい、自分ではそう思わないか
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