次郎物語
第二部
下村湖人

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)微塵《みじん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)お墓|詣《まい》り

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ご覧のとおりののろま[#「のろま」に傍点]で、
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    一 それから

 母に死別してからの次郎の生活は、見ちがえるほどしっとりと落ちついていた。彼は、なるほど、はたから見ると淋しそうではあった。彼の眼の底に焼きつけられた母の顔が、何かにつけ、食卓や、壁や、黒板や、また時としては、空を飛ぶ雲のなかにさえあらわれて、ともすると、彼の気持を周囲の人たちから引きはなしがちだった[#「だった」は底本では「たった」]のである。しかし、母が、臨終の数日まえに、
「あたしは、乳母やよりももっと遠いところから、きっと次郎を見ててあげるよ。だから、……だから、腹が立ったり、……悲しかったりしても……」
 と息をとぎらせながら言った言葉が、いつも力強く彼の心を捉えていた。で、彼自身としては、彼が孤独に見える時ほど、かえって気持が落ちついていたとも言えるのだった
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