たの本心じゃろう。」
「とんでもない。そんなふうにとられましては……」
「すると、やっぱりお芳は約束どおりもらってくださるのかな。」
「そりゃあ、もう、こちら様さえ、ただ今申上げたような事情を、十分ご承知くだすったうえのことであれば……」
「その事なら、はじめから承知していますがな。」
「そうですと、きょうわざわざお邪魔《じゃま》にあがる必要もなかったんです。ただ、私としましては、どの程度に正木からお話申上げてありますか、実はその点が非常に気がかりだったものですから……」
「あんたも、よっほど神経質じゃな、はっはっはっ。じゃが、わしもそれで安心しましたわい。」
 と、運平老は、がらりとくだけた態度になり、
「いや、恥を言えば、おたがいさまでしてな。何しろ、お芳という女は、ご覧のとおりののろま[#「のろま」に傍点]で、女学校にもとうとうあがれなかったし、かたづいた先からは、子供が亡くなったのを幸いに追い出されるし、実は、もう、わしの方で、一生|飼《かい》殺しの腹をきめて居りましたのじゃ。ところが、正木さんでは、そののろまなところが、かえって気に入ったとおっしゃるのでな。」
「恐縮です。」
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