芳さん」を「母さん」と呼ぶ気にはむろんなれなかった。
「じゃあ、僕、あの人を何て言えばいいの、やっぱり叔母さん?」
「そうね――」
と、お延はちょっと考えていたが、すぐ思い切ったように、
「叔母さんでもいけないわ。――ほんとはね、次郎ちゃん、あの方は次郎ちゃんのお母さんになっていただく方なの。あとでお祖母さんから次郎ちゃんに、よくお話があるだろうと思うけれど。……」
お延はそう言って次郎の顔をうかがった。
次郎は、しかし、もうちっとも驚いてはいなかった。また、そう言われたために、まえよりも不機嫌になったようにも見えなかった。彼はただ考えぶかそうな眼をして、じっとお延の顔を見つめていた。
「ね、それでわかったでしょう?――」
と、お延は、いくらか安心したような、それでいて一層不安なような顔をしながら、
「だから、叔母さんなんて言ったら、可笑しいわ。今のうちは叔母さんでも構わないようなものだけれど、今度いよいよお母さんになっていただいた時に、すぐこまるでしょう。だから、はじめっから、お母さんって言う方がいいわ。」
次郎は、あらためて「お芳さん」の顔を思いうかべてみた。しかし、その
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