顔が母らしい顔だとはどうしても思えなかった。
「恥かしがったりして、はじめにぐずぐずすると、あとでよけい言いにくくなるのよ。きょうから思いきってお母さんって言ったら、どう?」
「だって――」
と、次郎は、火鉢にさしてあった焼鏝《やきごて》を灰の中でぐるぐるまわしながら、
「だって、母さんのようじゃ、ちっともないんだもの。」
「そりゃあ、はじめてお目にかかったばかりなんだから、そうだろうともさ。だけど、きっと次郎ちゃんを可愛がってくださるわ。次郎ちゃんのために来ていただいたんだもの。」
「僕、もう、お母さんなんか、なくてもいいんだがなあ。」
次郎は歎息するように言った。お延はしばらくじっと次郎の顔を見ていたが、
「でも、もう間もなくよ、次郎ちゃんが町に帰るのは。……町にかえったら、ひとりで淋しかあない?」
「町にはお父さんがいるからいいや、それに恭ちゃんや、俊ちゃんだって、このごろ仲よく遊んでくれるんだもの。」
彼は、その時、万年筆のことを思い出していたのである。
「だけど、女の人はお祖母さんだけなんでしょう。お祖母さんだけだと――」
お延は言いかけて、口をつぐんだ。そしてしばら
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