四 寝言

 正月も終りに近いころだった。次郎が学校から帰って来ると、茶の間でお針をしていたお延が、いかにも意味ありげな微笑をもらしながら、言った。
「お帰り。……今日は次郎ちゃんに嬉しいことがあるのよ。」
 次郎は、土間に突っ立ったまま、きょとんとしてお延の顔を見ていたが、
「はやくお座敷に行ってごらん。お祖母さんが待っていらっしゃるから。」
 と、お延にせき立てられ、あわてたようにカバンを茶の間に放り出して、座敷の方に走って行った。
「お祖母さん、ただいま。」
 次郎は元気よく座敷の襖をあけた。が、その瞬間、彼は全く予期しなかった人の眼にぶっつかって、そのまま立ちすくんでしまった。――座敷には、こないだの女の人が、お祖母さんと火鉢を中にして坐っていたのである。
「お帰り。どうしたのだえ、そんなところに突っ立って。」
 お祖母さんがにこにこしながら言った。次郎があわてて襖《ふすま》をしめようとすると、
「おはいりよ。そして、お辞儀をするんですよ。」
 次郎は、敷居に坐って、お辞儀をした。
「まあ、おかしな子だね。いつもにも似合わない。ちゃんと中にはいって、お辞儀をするんだよ。」

前へ 次へ
全305ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング