という言葉が思い出された。かつて徹太郎に聞いた「運命」という言葉も顔に浮かんで来た。やはりどこかに神様というものがいて、いつも自分たちをみており、自分たちのために伺か考えているのではないか、という気もした。
 しかし、それまでは、彼の気持は、まだ割合に静かだった。彼の考えは、つぎの瞬間には、乳母やから亡くなった母のことに飛んで行ったのである。
(自分を乳母やの家に預けたのは、亡くなった母さんだったのだ。そして、母さんがもし自分を乳母やに預けていなかったとしたら乳母やは今日学校のそばを通りはしない。すると――)彼は、そう考えて、思わず大きな息をした。彼の眼には、ひさびさで、地下の母の顔がはっきり浮かんで来た。やはり、観音様に似た顔だった。笑っているようにも思えた。心配している顔のようにも感じられた。
 やがて朝倉先生の顔が母の顔にならんで現れた。するとその二つの顔が、何か自分のことについて話しあっているようにも思えて来た。
 次郎は、人間同士のつながりの広さと深さというものを、幼い頭ながらも、考えてみないわけにはいかなかった。そして、悲しいような、恐ろしいような、それでいて、何か気強いよ
前へ 次へ
全305ページ中265ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング