的《さくいてき》な希望であって、彼女自身の自然な心の動きから出発したものでなかったとすれば、彼女が、次郎に対して感じた以上の親しみを、恭一か俊三に対して感じないとは限らなかったのである。しかも、彼女が、その気楽な性分から、周囲の人たちのそうした期待をそう重く見さえしなければ、彼女は、次郎の代りに恭一や俊三を愛することによって、姑との間の感情を滑らかにし、彼女自身の生活を一層気楽なものにさえすることが出来たのである。
だが、次郎にとって、事柄はそう簡単なものではなかった。お芳は、今となっては、彼にとってただ一人の「母さん」であり、彼のお芳に対する思慕は、まだ十分深まっていたとは言えなかったにせよ、彼女の愛を失うことは、彼の本田における唯一の新しい希望を失うことであった。しかも、一年後、いよいよ本田に帰った場合の彼の生活は、お芳の存在によって、かえってこれまで以上のみじめなものにさえなる恐れがあったのである。
あるまじきことだ、と考える人があるかも知れない。だが、「自然」はいつも人間の「願望」よりも強い。そして、人間が「あるまじきことだ」と思うことを、しばしばあらしめるものだ。「願望」
前へ
次へ
全305ページ中130ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング