きかなかった。
 座敷では、大巻運平老がひとりで座を賑わした。老はここでもまたお芳の漬物上手なことを話し出したが、そのあとで、
「じゃが、本人は少々塩気が足りませんのでな。これはお母さんにこれから程よくもんでいただかなければなりますまい。はっはっはっ。」
 と、例の張りきった声で笑った。
 運平老は、座敷を賑やかにするだけでなく、茶の間にいた恭一たちの気持まで浮き浮きさした。三人はあとでは襖のかげから中をのぞいていたが、
「ね。似てるだろう。天狗の面に。」
 と次郎が言うと、
「うん、そっくりだい。」
 と俊三が答え、恭一までが、
「あれでもう少し鼻が高いと、いよいよ本物だぜ。」
 などと囁《ささや》いたりした。
 十時頃になると、お芳だけを残し、みんな人力車をつらねて帰っていった。運平老は、わかれぎわに、子供たち三人の頭をかわるがわるなでながら、言った。
「この祖父さんが剣道を教えてやるから、三人そろって、母さんといっしょにやって来るんじゃぞ。」
 みんなを見送ったあとで、お芳は、お祖母さんと子供たち三人に、それぞれ持参のお土産《みやげ》を差し出した。お祖母さんには、大島か何かの反物
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