同じだった。
(何だ馬鹿を見た。)
彼は心の中でそうつぶやいたが、それでも、それがひとつかたづいて、いくらか気が楽になった。そして、時間はたっぷり二十分はあまされていたのである。で、もし、腰部の要求さえ彼を邪魔しなかったら、彼はあと二間ぐらいは、確実に片づけることが出来たかも知れなかった。だが、すべては運命であった。自然の要求の切迫は、たといそれが爆発点《ばくはつてん》にまで達していなかったとしても、残された彼の時間をたえず動揺させ、彼の頭を混乱させていたのである!
鐘が鳴るまでに、彼は、残された四問のうち二問だけを、まるで芋虫が蟻に襲撃されてでもいるかのように、いらいらした気持で片づけた。それが自信のある解答でなかったことは無論である。答案を提出して試験場を出ると、彼はすぐその足で便所に走っていった。便所から出て来た時の彼は、ちょっと気ぬけがしたような気持だった。が、もうほとんど人影のない渡り廊下を、校庭の方に向かって歩いて行くうちに、何ともいいようのない無念さがこみあげて来て、ひとりでに涙がこぼれた。彼は廊下の柱に両腕をあて、顔をうずめて、しばらく動かなかった。すると、
「次郎
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