を思い切って他の問題にうつることにした。
 しかし、それからは、気ばかりあせって、ちっとも頭がまとまらなかった。すぐうしろの席で、がしがしと鉛筆を削《けず》る音が、一層彼の神経をいら立たせた。彼の膝はひとりでに貧乏ゆるぎをはじめた。しかも、何という不幸なことか、その頃になって大便を催して来たのである。それは、さほど烈しい要求ではなかった。しかし、頭をまとめるのに、それが非常に邪魔になったことはいうまでもない。
 それでも、自信のある解答が、それからどうなり二つだけは出来た。まえの三つと合わせて五つである。しかし、十問中七問以上が確実に出来なければ及第|圏《けん》にはいらない、というのが次郎たちの常識だった。あと二問! 彼は残った問題のうち、どれを選ぶべきかを決めるために、鉛筆を机の上におき、強いて自分を落ちつけた。しかし、腰部の生理的要求は、もうその時はかなりきびしくなっていた。それに、教壇の上から、監督の先生がだしぬけに叫んだ。
「あと三十分!」
 次郎は、反射的に鉛筆をとりあげた。そして、まえにやりそこなった小数と分数との問題を、もう一度計算してみた。その結果、最初にやった時の答と
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