た。寝返りを打った拍子に、足が襖に当って、ぱたりと音を立てたが、それでも彼は、自分のいる場所を急には思い出せなかった。
 ところで、彼が眼をさましたのは、実のところ、ぐずぐずして居れない自然の要求が、彼の下腹部にかなり鋭く迫っていたからであった。で、彼は、自分が今何処に寝ているかを、一刻も早く知る必要があった。
 彼は暗闇の中で幾度も体を捻《ひね》った。それから、そっと手を伸ばしてあたりを探ってみた。すると、その手に擦《す》れて、絹夜具がばりばりと音を立てた。その瞬間、彼の記憶が、はっきりと蘇《よみがえ》って来たのである。
 しかし、記憶が蘇ってからの彼は、いよいよみじめだった。出るにも出られない。かといって、下腹部の刺激は刻一刻烈しくなるばかりである。彼は、いっそ思い切って、かつて俊三の横腹に試みた経験を、もう一度繰り返してみようかと思ったりした。しかし、それには夜具が上等過ぎて都合が悪い。しかも、此処は正木のお祖父さんの家だ。そう考えると、思い切ってやってみる気にはなれない。――次郎だって、やはり人間の子である。そう何時も良心が眠ってばかりはいない。
 彼は歯を食いしばり、小さな頭
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