次郎物語
第一部
下村湖人

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)癪《しゃく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)以前|三味線《しゃみせん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)てこ[#「てこ」に傍点]でも
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    一 お猿さん

「癪《しゃく》にさわるったら、ありゃしない。」と、乳母のお浜が、台所の上り框《がまち》に腰をかけながら言う。
「全くさ。いくら気がきついたって、奥さんもあんまりだよ。まるで人情というものをふみつけにしているんだもの。」と、竈《かまど》の前で、あばた面をほてらしながら、お糸婆さんが、能弁にあいづちをうつ。
「お前たち、何を言っているんだよ。」と、その時、台所と茶の間を仕切る障子が、がらりと開いて、お民のかん高い声が、鋭く二人の耳をうつ。
 お糸婆さんは、そ知らぬ顔をする。お浜は、どうせやけ糞だ、といったように、まともにお民の顔を見かえす。見返されて、お民はいよいよきっとなる。
「お浜、あたしあれほど事をわけて言っているのに、お前まだわからないのかい。恭《きょう》一は何と言っても惣領《
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