ろうと思ったが、次郎がいつも尻にくっついているので、それが出来なかった。
「おや、お浜さんも来ていたのかい。」と、直吉は台所に腰をおろして、にやりとした。
「ああ、ちょいとこちらに用があってね、でも坊ちゃんにお逢い出来るなんて、夢にも思っていなかったのよ。」と、お浜は土間に立って、次郎に袖を握られながら、言訳らしく答えた。
「今日来たのかい。」
「実は昨日来たんだけどね、皆さんで是非泊っていけっておっしゃるものだから、ついゆっくりしちゃったのさ。……でも、奥さんには内証にしておくれよ。」
「ああ、いいとも。」
 直吉の返事は、無造作過ぎて、何だか頼りなかった。
 しかしお浜は、どうせ何処からか知れるだろう、という気もしたので、それ以上たっては頼みこまなかった。
「直さんは、すぐかえるんだろう。」
「帰るとも、ゆっくりなんかしちゃ居れないや。」
「では、坊ちゃんも今日はお帰りになった方がいいんだから、一緒にお連れしておくれよ。お一人じゃ、何ぼ何でも、おかわいそうだから。」
「俺もそのつもりさ。奥さんにそう言いつかって来ているし、それにあのお祖母さんが、恐ろしくやかましいことを言ってるんで
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