」
「まあお偉い。」
「だって僕、ここに来たいと思ったんだもの。」
「そう? ここのおうち、そんなにお好き?」
「うちなんかより、うんと好きだい、誰も叱らないんだもの。」
「でも、辰男さんと喧嘩なさるんじゃありません?」
「ううん、角力とるんだい。恭ちゃんや俊ちゃんとは喧嘩するんだけど。」
「いつも負けやしません? 恭ちゃんや俊ちゃんに。」
「…………」
「まけるんでしょう?」
「誰も見てないとこだと、僕きっと勝つよ。」
お浜は暗い顔をして唇を噛んだ。
「僕、乳母やの家に行っちゃいけないの? 乳母やのうち、一等好きなんだがなあ。」
お浜は次郎の肩にかけていた手をぐっと引きしめて、ぼろぼろと涙をこぼしながら、
「駄目、今は駄目なの。……でも来年は次郎ちゃんも学校でしょう。そしたら、毎日逢えるんですよ。だから、……」
次郎はその言葉を聞くと、突っ放すようにお浜の手を押しのけて、立ち上った。そして、探《さぐ》るような視線を彼女に投げた。彼は、ふと、毎日学校に通っている、恭一のことを思い出したのである。
お浜は、次郎がなんでそんな真似をするのか解らなかった。で、すこし変に思いながら、手
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