始めた。
一一 蝋小屋
その日、次郎はむろん正木の家に泊った。そして翌日は朝から蝋小屋の中で、従兄弟達と角力《すもう》をとったり、隠れんぼをしたりして遊んだ。
年末のせいで、蝋|搾《し》めは一|槽《そう》しか立っていなかったが、櫨《はぜ》の実を蒸す匂いは、いつものように、温かく小屋の中に流れていた。炉の中に惜しげもなく投げこまれた蝋糟《ろうかす》が、ごうごうと音を立てて、焔をあげているのも景気がよかった。
次郎はこの家に来ると、妙に甘い空気に包まれる。
そのせいか、ほんのちょっとした事にも、すぐ泣き出してしまう。従兄弟たちは別に意地悪をするわけでもないが、子供同士のことで、たまには口喧嘩をしたり、ぶっつかったりすることもある。そんな時に、きまって泣き出すのは、次郎の方である。それは、彼の実家でのふだんの様子を知っている者には、実際不思議なくらいだった。
この日も、彼と同い年の辰男を相手に、炉の前に積んであった蝋糟の中で角力をとっているうちに、つい泣き出してしまった。それを年上の従兄弟たちがなだめて、やっと機嫌を直させたところへ、ひょっくり思いがけない人が這入って来
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