たことに気がつかなかった。従兄弟《いとこ》たちは、お祖母さんと一緒に、板の間でやんやんとはしゃぎながら、小餅を丸めている。お祖父さんと伯母さん夫婦は、奥にでもいるのか、姿が見えない。
次郎は鮭包みを下げたまま、しばらく混雑の中にしょんぼりと立っていた。しかし、いつまで待っても、誰も言葉をかけてくれそうにない。
心に描いて来たものが、すっかりけし飛んでしまった。彼はたまらなくなって、わっと泣き出した。
「おや。」
「まあ。」
みんなが一せいに仕事をやめて、次郎の方を見た。
「次郎じゃないか。いつ来たんだね。」
と、お祖母さんが、手についた粉を払いながら、立って来た。同時に、従兄弟たちも振向いて、みんな呆れたような顔をしている。
次郎は泣きつづけた。
「まさか一人で来たんじゃあるまいね。母さんと一緒かい。」
次郎はやはり泣くだけである。
「まあどうしたんだね、この子は。……おや、包みなんか下げて……何を持って来たのかい。」
次郎は泣きながら、包みを差出した。お祖母さんはそれを受取りながら、
「泣かないで言ってごらん。一人で来たのかい……え?」
次郎はやっとうなずいたが、泣声
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