る小大名の槍の指南をしていたそうだが、廃藩後、すぐ蝋《ろう》屋をはじめて、今ではこの近在での大旦那である。上品で、鷹揚《おうよう》で、慈悲深いので誰にも好かれている。それに、お祖母さんが信心深くて、一度も人に嫌な顔を見せたことがないというので有名である。次郎は、いつとはなしに、この二人を、自分の家の人たちとはまるでべつの世界の人間のように思いこんでいるのである。
なお、この家には、伯母夫婦――伯母はお民の姉で、それに婿《むこ》養子がしてあった――に、子供六人、それに十人内外の雇人が、いつもいた。人数が多いせいか、非常に賑やかで、食事時など、幾分混雑もしたが、かえってその中に、のんびりした自由な気分が漂っていた。子供たちにも、一体に野性を帯びた朗らかさがあって、次郎はこの家に来ると、彼らを相手に、のびのびとした遊びが出来るのであった。
(みんなで泊っていけって言うか知らん。)
そんなことを考えながら、彼は正木の門口を這入った。
土間は餅搗《もちつき》で大賑わいだった。彼は男たちや女たちの間をくぐりぬけて、やっと上り框《がまち》まで行ったが、餅搗でみんな興奮していたせいか、誰も彼が来
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