お民や、お祖母さんが、その晩彼をどう待遇したか、また彼がどんな態度で彼らに反抗したかは、読者の想像にまかせる。ただ、この事件以来、彼がこれまでより一層大胆になり、且つ細心になったことだけは、たしかである。
一〇 お使い
大晦日に近いある日のことだった。
「でも、使に行く者がありませんわ。直吉も今日は町に買物に出ていますし。」と、お民はいかにも忙しそうに、立ったままで言った。
「お糸婆さんがいるだろう。」と、俊亮は長火鉢に頬杖をついて、お民を見上げた。
「こんな時に婆さんの手をぬかれたんでは、やり切れませんわ。どうせ正木へは、二三日中に、歳暮《せいぼ》のものを届けることにしていますから、その折、一緒でもよかありませんか。」
正木というのはお民の実家の姓である。
「だが、これは別だよ。先方からもなるだけ早く届けてもらいたいって、言って来ているんだから。」
「そう早く腐るものではないでしょう。」
「腐りはせんさ、鮭の燻製《くんせい》だもの。しかし、正木の方でも正月の御馳走の心組があるだろうし、それに、先方へ礼状を出してもらう都合もあるんだから、一日も早い方がいいよ。」
「貴方
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