、お民は恭一をつれて何処かに出かけて行った。次郎はそれで万事けりがついたような気になって、ほっとした。同時に彼は、自分の計画が案外うまくいったのを内心得意に思った。
 尤も、その得意も、ほんの当日限りのものでしかなかった。というのは、その翌日から、恭一は新しい雑嚢に新しい学用品を入れて、いつものとおり嬉しそうに学校に出て行くことになったからである。
 しかも、数日の後には、次郎は、下肥《しもごえ》を汲んでいた直吉の頓狂《とんきょう》な叫び声で、大まごつきをしなければならなかった。
「あっ。あった、あった。奥さん。坊ちゃんの雑嚢がありましたよ。」
 みんなは直吉の叫び声で、総立ちになって縁側に出た。
 直吉は、肥柄杓《こえびしゃく》の先に、どろどろの雫《しずく》の垂れている雑嚢をぶら下げて立っていた。
 次郎はそれを見ると、すばやく表の方に飛び出した。咄嗟《とっさ》の場合、さすがの彼も、そうすることが彼の罪状の自白を意味するということには、まるで気がつかなかったのである。
 万事は明瞭になった。次郎は、その日じゅう何処かに身をかくしていたが、暮方になっておずおずと裏口から帰って来た。
 
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