た。
「恭さんは、ちゃんといつもの所に置いたと言いますがな。」
「僕知らんよ。」
「知っとるなら知っとると、早く言って下さらんと、学校が遅うなりますがな。」
「僕知らんよ。」
「ほんとに知らんかな。」
「知らんよ。」
「そんならそれでいいから、とにかく、お母さんとこまでお出でなさいな。」
「やぁだい。」
「でも、お母さんが呼んどりますよ。」
次郎はそう言われるのが一番いやだった。彼は、母の命令に対して正面から背《そむ》くだけの勇気がまだどうしても出なかっただけに、一層いやだったのである。
彼は、しかし、仕方なしに、しぶしぶお糸婆さんに手を引かれながら、母屋《おもや》の方に行った。子供部屋では、お民が気違いのように、そこいらじゅうを引っかきまわして、雑嚢を探していた。
そのそばで、恭一は足をはだけて、泣きじゃくっていた。
お民は、次郎の顔を見るなり、例によって高飛車《たかびしゃ》にどなりつけた。
「次郎、早くお出し、どこへかくしたんだね。」
次郎は、しかし、そうなるとかえって落ちついた。彼は徹頭徹尾とぼけ返って、「僕知らないよ」を繰《く》りかえした。
捜索《そうさく》は、座敷
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