た。というのは俊三以外の人間で、彼の手籠《てごめ》になる人間は一人もいなかったし、俊三にしても、うっかり手を出すと、すぐに母に言いつけられるにきまっていたからである。
 ところで、兄の恭一に対してだけは、どうしてもじっとしておれない事情があった。
 恭一は九月になるとすぐ学校に通い出した。彼はもう二年生だったのである。このことは次郎に抑え切れない嫉妬心を起こさした。
(恭一は、毎日お浜に逢って、頭を撫でて貰ったり、やさしい言葉をかけて貰ったりしているのだ。)
 そう思うと、次郎の頭はかっとなる。何とかして、恭一が学校に行くのを邪魔してみたいものだと思う。
 ある晩、とうとう彼は一計を案じ出した。
 翌朝起きるとすぐ、彼は、恭一の学用品を入れた雑嚢《ざつのう》を抱えて、こっそり便所に行った。そして、大便をすますついでに、それを壺の中に放りこんでしまったのである。
 放りこむまでは、彼は冒険家が味わうような一種の興奮を覚えていた。しかし雑嚢がどしんと壺の中に落ちた瞬間、彼は取りかえしのつかないことをしてしまったと思った。そして、時がたつにつれて、発覚の心配がひしひしと彼の胸に食い入って来た
前へ 次へ
全332ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング