。そして非常に愉快でもあった。
しかし、その愉快さは長くはつづかなかった。それは、俊亮がだしぬけに、彼の両手を次郎の腹からはずしてしまったからである。
次郎は、はっと思った瞬間に、顔を空に向けたが、もう間にあわなかった。彼はがぶりと水を飲んだ。鼻の奥から頭のしんにかけて、酸っぱいものがしみ込むような痛みを感じた。それからあと、彼は全く死物狂いだった。
しかし、その死物狂いは、ほんの一秒か二秒ですんだ。そこは彼の腰の辺までしかない深さのところで、彼はすぐひとりで立ち上ることが出来たからである。
「わっはっはっ、苦しかったか。」
俊亮が、すぐうしろで大きく笑った。次郎は声をあげて泣きたかったが、父の笑い声をきくと泣けなくなった。で、げえげえ水を吐き出したり、鼻汁をこすったりして、しばらくごまかしていた。
「沈むと思った時に、口をあいて顔を上げたりしちゃいかん。思い切って、息を止めてもぐるんだ。いいか次郎。ほら、父さんがやってみせる。」
俊亮は顔を水に突っこんで、そのでぶでぶした真っ白な体を、蛙のように浮かして見せた。
「どうだい。」
と、彼は顔をあげて、それを両手でつるりと撫で
前へ
次へ
全332ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング