っかりひたり切って、そばに父や兄がいることさえ忘れてしまった。
「さあ、これから泳ぐんだ。」
俊亮は立ち上って砂の上に四股《しこ》を踏んだ。
「恭一は、もう随分泳げるだろうね。」
「まだ少しだよ。」
「父さんが見てやる。泳いでごらん。」
恭一は、用心深そうに、そろそろ深みに這入って行った。そして、水が乳首の辺まで来たところで、彼は浅い方に向かってほんの一間ばかり、犬かきをやって見せた。
次郎は熱心にそれを見つめていた。
「うむ、大ぶ上手になった……さあ今度は次郎だ。」
次郎は、父の顔と水を見くらべながら、ちょっと尻ごみした。
「大丈夫だ。父さんが抱いてやる。」
俊亮は、自分の両腕の上に次郎を腹這いさせて、ぐいぐいと深みにつれて行った。恐怖と安心とが、ごっちゃになって次郎の心を支配した。
「いいか、そうれ。……足をしっかり動かすんだ。手だけじゃいかん。……うむ。そうそう。……おっと、そう頭をもたげちゃ駄目だ。ちっとぐらい水をのんだって、死にゃせん。」
俊亮はめっちゃくちゃに跳上る飛沫《ひまつ》を、顔一ぱいに浴びながら、そろそろと次郎の体を前進させてやった。次郎は一所懸命だった
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