と思うと、すぐそのあとで、子供の心を傷つけておしまいになるんですもの。」
「つまらん理窟を言うな。」
「貴方こそ屁理窟ばかりおっしゃってるんじゃありませんか。」
「いつ俺が屁理窟を言った。」
「ついさっきも、形よりは気持が大切だなんておっしゃったくせに。」
「それが屁理窟かい。」
「屁理窟ですわ。寄り添って来る自分の子を、汚ないなんて呶鳴りつけるような方が、そんなことおっしゃるんではね。」
「うむ……でも、俺には策略《さくりゃく》がないんだ。」
「おや、では私には策略があるとでもおっしゃるの。」
「あるかも知れないね。……しかし、俺はお前のことを言おうとしているんじゃない。」
 お民は歯噛みをするように、口をきりっと結んで、しばらく默っていたが、
「貴方は、策略さえ使わなければ、子供に対してどんなことを言ったり仕たりしてもいいとおっしゃるの。」
「心に本当の愛情さえあればね。」
「その愛情が貴方のはまるであてになりませんわ。」
「そうかね。だが、こんな話はあとにしよう。この子の前でこんなことを言いあうのは、よろしくない。お互の権威を落すばかりだからね。」
 お民は白い眼をして、ちらりと
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