ところを掻くような恰好をしながら、じりじりと父にくっついて行った。
「汚ないっ。」
 俊亮はだしぬけに、びっくりするような声で呶鳴りながら、はね起きた。――彼は鷹揚《おうよう》でなさけ深い性質に似合わす、一面神経質で潔癖なところがあり、他人の家で畳に手をついたりすると、帰ってから、何度も手を洗わないではいられない性質だった。
「どうなすったの。」
 さっきから、それとなく次郎の様子を見守っていたお民が、いやに落ちついて訊ねた。
「次郎のべとべとする体が、だしぬけにさわったもんだから、びっくりしたんだよ。」
 と、俊亮は、次郎に触《さわ》られた横腹のあたりを、団扇の先でしきりに撫でている。
 次郎は、変に淋しい気がした。彼は寝ころんだまま、じっと眼を据えて父を見た。すると、お民が言った。
「まあ、貴方にも呆れてしまいますわ。」
「何が……」
「かりにも、自分の子が汚ないなんて。」
「汚ないものは、汚ないさ。」
「それでも親としての愛情がおありですの。」
「何を言ってるんだ。それとこれとは違うじゃないか。馬鹿な。」
「男の親というものは、それだから困りますわ。いやに可愛がっていらっしゃるか
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