も動こうとはしなかった。飯が存分に食べられなかったのは、一つはそのためでもあったのである。
飯がすむと、次郎はまたしばらくの間、母の説教をきいた。説教をきいている間に、涙がひとりでに乾いて、彼の心は妙に落ちついて来た。同時に、恭一と俊三とに対する憎悪の念が、冷たく彼の胸の底ににじむのを覚えた。
七 玉子焼
「次郎、また一人でそんな所にいるのかい。ほんとに、どうしたっていうんだね。早くこちらに来て、お父さんにご挨拶をするんですよ。」
お民に、そう声をかけられた時には、次郎は、暮れかかった庭の木立の間を、一人でぶらつきまわっていたのであった。
父の俊亮は、猿股一つになって、お民に蚊を追わせながら、座敷の縁で酒をのんでいた。そのそばには恭一も俊三も坐っていた。
次郎にとっては、彼の父は、まだ何とも見当のつかない存在であった。というのは、父は、この村から三四里も離れたある町で小役人を勤めていて、土曜から日曜にかけてしか帰って来なかったので、次郎は里子時代に、めったに彼と顔をあわせる機会がなかったし、まして、彼に言葉をかけて貰った記憶などほとんどなかったからである。
次郎は
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