た指が、急いでそれを拭いた。
 お民は昨夜来はじめて次郎の涙を見て、それを自分の説教の効果だと信じた。そこで、簡単に説教のしめくくりをつけると、すぐ立ち上って、次郎のために椀と皿と箸を用意した。
 次郎の涙は容易にとまらなかった。彼は飯をかき込みながら、しきりに息ずすりした。袖口《そでくち》と手の甲が、涙と鼻汁とで、ぐしょぐしょに濡れた。お副食《かず》には小魚の煮たのをつけて貰ったが、泣きじゃくってうまくむしれなかったので、一寸箸をつけたぎりだった。それでも飯だけは四杯かえた。
 お民は、その間そばに坐って、次郎のために飯をよそってやった。
 それはむろん彼女の母としての愛情を示すためであった。しかし次郎の方から言うと、それはちっともありがたいことではなかった。なぜなら、もし彼女がそばにいなかったら、彼は四杯どころか、五杯でも六杯でも食べたであろうから。
 何よりも次郎の心を刺激したのは、恭一と俊三とが手をつないでやって来て、縁側から、珍しそうにその場の様子を眺めていたことであった。
「お前たちは、あっちに行っておいで。」
 お民は何度も二人をたしなめたが、二人は平気な顔をして、ちっと
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