がして、かなり強い痛みを覚えた。
彼はしかし、まだ眼がさめないふりをして、そのまま動かなかった。しばらく沈默がつづいた。
「まあ、あきれた子だね。」
お民は平手で、三つ四つ彼の臀《しり》を叩いた。それでも彼は、小豚の死骸のように転がったままでいた。そのうちに燈火がぱっと灯った。瞼を透して来る赤い光線の刺激で、おのずと眉根がよる。
「ううーん。」
次郎は寝返りをうつ恰好をして、光線をよけた。
「次郎、お前、寝たふりをする気かい。……よろしい。いつまでもそうしておいで。」
お民は、燈火をつけ放しにしたまま、そう言って蚊帳の中に這入った。あたりがしいんとなる。蚊のうなり声が、急に次郎の耳につき出した。と思うと、もう体じゅうがちくりちくりとやられている。
お民は、まだきっと蚊帳の中から自分を覗いているに相違ない。――そう思うと、自由に動くわけにもゆかない。彼はつらかったが辛抱した。
そのうちに彼はまた一つの智恵を恵まれた。それは、寝返りをうつ真似をしてだんだんと蚊帳の中にころがり込むことだった。彼は蚊帳に近づくまでは、かなり巧みにそれを実行した。しかし、いざ蚊帳の裾《すそ》をまくる
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