夜はいろいろと事情がちがっていたために、ついそれを怠っていたのである。彼は苦しくなるにつれて、多少それを悔いた。しかし、起き上って便所に行く気にはなれない。ここの便所は廊下づたいで少し遠すぎるし、それに、どこかで鼠がかさこそと音を立てていて気味がわるい。
そのうちに、彼はふと妙なことを思いついた。そしてぱっちりと眼をあいて母の方を覗いて見た。蚊帳の中は真っ暗で見えないが、よく寝ているらしい。彼は寝返りをする真似をして俊三によりそった。そして永いことこらえていた小便を、その脇腹のあたりに少しずつ放射した。
放射が終るとまたもとの位置にかえって、心地よくぐっすりと眠ってしまった。
どのくらい眠ったのか、はっきりしなかったが、彼は、だしぬけにお民に両足を掴まれて蚊帳の外に引き出されたので、眼がさめた。部屋の中はまだ真っ暗だった。彼はさかさにつり下げられているような気がして、眼を覚ました瞬間は、まるで世界の見当がつかなかった。
「何という情ない子だろう。もう六つにもなって。」
同時に彼の腰から下が、どたりと畳の上に落ちた。右足のくるぶしの落ちた辺が、丁度敷居の上だったらしく、ごつんと音
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