ある。顔はよく見えない。
「居たら、引っぱり出したらいいじゃないかね。」
お民の声が鋭く路から響く。
「次郎さん、そんなことをして、馬鹿だね。」
直吉はおずおずと寄って来て、次郎の手をとった。
それからあと、次郎は何が何やらわからなかった。彼はお民と直吉に両手を握られて、ぐんぐんと明るいところに引っぱられて行った。
彼が自分を取りもどして、自分の周囲《しゅうい》を見まわすことが出来たのは、広い座敷の真ん中に坐らされて、先生のような態度をしたお民から、さんざん説教をされている時であった。
五 寝小便
お民は存分説教をしたあと、少しばかりの駄菓子を紙に包んで、次郎の手に握らせた。それは彼女の教育的見地からであった。しかし次郎は決してそれを口にしなかった。彼が寝床に這入ったあとでも、その紙包は、ぽつんと部屋の真ん中に置かれたままであった。
お民の右側に恭一、左側に俊三が寝た。次郎の寝床は俊三のつぎに並《なら》べて敷かれてあった。
次郎は永いこと眠れなかった。そのうちに、そろそろ小便を催《もよお》して来た。
お浜の家では、寝しなには、きっと便所に行く習慣だったが、今
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