さし上げて、一間ばかりのところを往ったり来たりした。しかし、墓地に這入って探してみようとは決してしなかった。次郎は、石塔のかげから、じっとその様子を見守っていた。すると提灯の火は、間もなく、ぶかぶかと闇を走って、一丁ほど先の家なみの明るい中に消えていった。
 次郎の心はしいんとなった。同時に、蚊がぶんぶんと自分の体のまわりにたかって来るのを感じた。
 彼は、しかし、これからどうしていいのか、少しも見当がつかなかった。彼の心からは、すべての人間が見失われて、足をはこぶ目当がなくなっていた。彼は墓石に腰をおろしたまま、じっと闇を見つめた。
 十分あまりの時間が、蚊のうなり声の中ですぎた。
「もう逃げて行ったのかも知れないが、ちょっとそこいらを見ておくれ。」
 お民の声である。
「この中をですかい。まさか子供一人で……」
 直吉らしい。
「でも、いやに押しの強い子供だから、居るかも知れないよ。」
「そうでしょうか。」
 どしんどしんと足音がして、提灯の火が次郎の目の前にゆれて来た。
「あっ、居たっ。」
 一間ほどおいて、提灯はぴたりと止まった。容易に近寄ろうとはしない。声の主はたしかに直吉で
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