一般の親たちに引きあわせるのは、大して意味のないことだと思いはじめたのである。
 で、その後、私は何回となく原稿を読みかえしてみた。しかし、私自身には、次郎が変質者であるとは、どうしても思えなかった。次郎は、誰が何と言おうと、他の多くの子供たちと同様に、食物をほしがり、大人の愛をほしがる子供に過ぎないのである。ただ、他の子供たちにくらべて、いくぶん勝気な点があるかも知れないが、それとても病的だというほどではない。もし彼に、何かそうした病的な点が発見されるとすれば、それは、すべての子供が、否、すべての人間が、本能的に求めている最も大切なものを、拒んではならない人によって拒まれているからだ、というの外ない。世の中には、どんな健全な人間をでも、一見変質者らしく振舞わせる二つの大きな原因があるが、その一つは食物の飢餓であり、もう一つは愛の飢餓である。――そう私は私自身で次郎を弁護したい。そして、彼を多くの親たちに引きあわせることは、やはり決して無駄ではないと思うのである。

     *

 この物語の原稿を見た知人の中には「君は、その年になって小説を書きはじめたのか。」と、私の顔を穴のあくほ
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