親しみ深い人のように思える。それはみんなの眼が母の寝顔に集中して、そのかすかな一つの動きにも一喜一憂しているからばかりではない。彼はかれ自身で知らない間に、彼自身の心から永い間の猜疑心《さいぎしん》をとりのぞいていたのである。そしてその奇蹟が、彼の生命の根である母の、真実のこもった、わずかの涙と言葉との結果でなかったと誰が言い得よう。
 お民の臨終は、俊亮たちが来てから四日目の午前九時ごろだった。それは極めてしずかな臨終だった。誰もさほどはげしい動揺を見せなかった。かすかなため息と、すすり泣きと、念仏の声とが、あるかなきかに吹き入って来る初秋の風の中に、しずかに漂った。
 臨終の少し前に、次郎たち兄弟は年の順に死水をとってやった。次郎は鳥の羽根を母の唇にあてながら、母がかすかにうなずくのを見るような気がした。彼は不思議に涙が出なかった。左右に、恭一と俊三とが、しきりに鼻をすすっている音を耳にしながら、彼はただ一心に母の顔を見つめていた。彼は母のすべてを深く心に刻みつけて置こうとするかのようであった。彼の両腕は棒のように彼の膝の上につっ張っていた。
 いよいよ臨終が宣言されて、周囲がざわ
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