母の病床に附添って、そうした気持を毎日くりかえして来たせいもあったが、もっと大きな理由は、彼が母の心をしっかりと握りしめているような感じがしたからであった。母に別れるのはたまらなく悲しい。ことに、懺悔《ざんげ》に似た心で彼に最後の愛を示してくれてからの母は、彼自身の魂そのものにすらなっている。それはもはや彼から引き放せないまでに固く結ばれているという感じそのものが、彼にある深い安心と落ちつきとを与えたのである。
それに、彼の周囲に対する気持は、この二三日急角度に転回をはじめていた。彼はこれまで、お浜をのぞいては、ほとんどすべての人に対して、多少とも警戒して来た。俊亮や正木老夫婦に対してすら彼は心から素直にはなり得なかったのである。こうして彼は、自分を愛する者に対しても、愛しない者に対しても、常に何らかの技巧を用いた。技巧はいわば彼の本能というべきものになってしまっていたのである。ところがこの数日彼は全く技巧を忘れたかのようになっている。彼はもはや何人に対しても警戒していない。謙蔵に対してすらも、彼は何のこだわりもなく話しかけることが出来るのである。すべての人が、今や彼と彼の母にとって
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