父にだけまだ言葉をかけてもらえないでいるのが、非常に気がかりだった。
「ううん、何にも言わないよ。」
誠吉は無造作に答えた。しかし次郎は、そう無造作に言われると、かえって胸が重たくなった。彼は、祖父の自分に対する愛がこのごろ衰えたとは決して思っていない。だが、その愛には何か犯《おか》しがたいものがあって、うっかり飛びついて行けないような気がする。牛肉一件以来彼はそうした気持になっているのである。その意味で、祖父に愛されていることは、彼にとって一つの重荷でさえあると言える。しかし、それだからといって、彼は祖父の愛から逃げ出したい気持には少しもなれない。何といっても、祖父は正木の家では他の誰よりも大きな魅力を持っている。もし祖父の彼に対する愛が少しでも冷めかかったと知ったら、彼は恐らく、春子に別れた時とは全くちがった、あるどす黒い絶望を感じたかも知れない。それほどの祖父でありながら、いざ自分から近づいて行こうとすると、何となく気おくれがする。それはちょうど大海の真青な波に心をひかれながら、思いきって飛びこめないのと同じ気持である。で、彼はいつも遠くから、祖父の本当の気持をそれとなく探ろう
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