それは次郎の顔を見たいためではなかった。彼女がやって来るのは、いつも次郎が学校に出たあとだったし、たまたま顔をあわせることがあっても、
「おとなしくするんだよ。」と、通り一遍の、冷やかな注意を与えるぐらいで、大ていは、正木の老夫婦と、ひそひそと相談ごとをすますと、すぐ大急ぎで帰って行くのだった。
 次郎は、しかし、別にそれを気にもとめなかった。この家の賑やかな空気が、もう十分に、彼の心を幸福にしてしまっていたのである。
 だが、ある日、本田の一家が、打ちそろって正木を訪ねて来た時には、彼もさすがにはっとした。もう夕飯に近い時刻だったが、彼らが門口を這入ると、急に家じゅうが忙しそうになった。台所からは、黒塗のお膳が、いくつもいくつも座敷に運ばれた。座敷の次の間には、長方形のちゃぶ台が二つ続きに据えられて、そこにもいろいろの御馳走が並べられた。次郎は、それが何を意味するかを、すぐ悟った。
 大人たちは座敷で、子供たちは次の間で、正木と本田の両家が打ちそろって、食事をはじめたのは、夕暮近いころであった。座敷の方は、正木のお祖父さんと、俊亮の二人が、何のこだわりもなさそうに高話《たかばなし》を
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